当時、「静岡」は駿府または府中と言われていたそうです。
ただ、府中という言葉は、特定の地名ではなく、地方の拠点を表す言葉であったため、明治2年(1869年)廃藩置県を前にして、このまぎらわしい名称を避けるため、明治政府が地名の改称を命じてきました。
そこで、協議された結果、一度は賤機山(しずはたやま)にちなみ「賤ケ丘」と決まったそうですが、駿府学問所の初代校長の向山黄村先生から「賤機山にちなむとは言え、賤(いやしい)丘(おか)ではよくない。それよりも明治となり世の中も静かになったから賤を「静」に、丘を「岡」に代えて「静岡」としよう」との意見があり、現在の「静岡」が誕生したと言われています。 TNC静岡ジモティーズ: 静岡のちょっと気になる謎を追え (via mechiko)
蛇口をひねると出てくるもの
北海道…牛乳 青森…りんごジュース
秋田…しょっつる 岩手…わんこそば
山形…芋汁 宮城…フカヒレ
福島…焼き鳥 群馬…こんにゃくゼリー
栃木…レモン牛乳 茨城…納豆
埼玉…十万石まんじゅう 千葉…醤油
東京…佃煮の煮汁 神奈川…シュウマイ
静岡…お茶 山梨…ぶどうジュース
長野…イナゴ 新潟…米のとぎ汁
富山…バット 岐阜…鮎
愛知…味噌 石川…ただの水
福井…一次冷却水 滋賀…琵琶湖の水
三重…伊勢エビ 奈良…鹿の●
京都…抹茶 兵庫…揖保の糸
大阪…オリバーソース 和歌山…梅ジュース
香川…うどん 愛媛…ポンジュース
徳島…すだちジュース 高知…カツオ
鳥取…梨ジュース 岡山…きびだんご
島根…シジミ汁 広島…オタフクソース
山口…フグ 福岡…豚骨
佐賀…ナタデココ 長崎…カステラ
大分…温泉 熊本…イグサ青汁
宮崎…裏金 鹿児島…芋焼酎 沖縄…泡盛
笑える話をコピペしまくるスレ - バグラ (via kiny) (via nemoi) (via kondot)
大阪……
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(via johnnychallenge)546 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/06/13(土) 13:44:15.56 ID:o6WDI0HJO
宇宙開発
アメリカが圧倒的すぎる
558 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/06/13(土) 13:45:50.13 ID:4+Pcy3sb0
»546
でも日本の町工場にしか作れない部品とかがあるんだよな
不思議な国ニッポン
新潟が米の生産地として認知されるまでは、新潟市民による大変な努力と忍耐がありました。
市内では、雪による被害はほとんどありませんが、昔から水による災害が多い地域でした。信濃川と阿賀野川は越後平野を蛇行しながら流れているため、川の湾曲部分で決壊することがままありました。
もともと新潟平野は水はけが悪く、その名の通り潟ばかりの土地で、一度決壊すると大惨事に陥りました。水災害は新潟の人たちの最大の悩みでした。
〜鳥またぎ米とよばれて〜
時の施政者によって長きにわたる治水事業が行われ、状況はだんだんと改善されてゆきます。1730年の松ヶ崎掘削をきっかけに、沼は、養分が吸着しやすい粘土質の土壌でできた農地となりました。川は少しずつ湾曲が削られ、水が回らなくなった田畑のために用水路が整備されました。それでも水はけが悪いことは変わらず、新潟の米は水分が多くておいしくない、鳥ですらまたいで通るということで、新潟の米が「鳥またぎ米」と呼ばれることもありました。
しかし、気候の面だけでいうならば、夏に台風が来ることが少なく、適度に雨も降り、夏季の日中の寒暖差が大きい新潟は、米の生育には非常に適していました。
時の施政者たちの努力によって農地が整備され、稲の改良も進んだおかげで新潟の米の質はどんどんあがり、平成17年には、米の生産量は北海道を抜いて全国第1位となりました。
新潟は古くから水の都として栄えてきました。
奥秩父を水源とし、群馬、長野を経て日本海へ注ぐ、
日本一の大河【信濃川】が流れているためで、
人々の生活は、この信濃川によって支えられてきました。
しかし人々の生活に大きな恵みをもたらす信濃川は
同時にしばしば大氾濫を引き起こし人々を苦しめる存在でもあったのです。
戦国時代、越後の国を治めていた上杉氏はいち早く治水工事に着手し、
それ以後、 江戸時代にも何度か改修工事が試みられたようですが、
なかなか洪水が収まることはなく、20世紀に入るまで
治水の悪い平野部の開発は遅々として進みませんでした。
新潟県内に〜潟という地名が多いのは
そうした場所の多くが、かつては湿地帯だったからだと言われています。
そうした湿地帯での稲作が主流だった昭和初期までは
新潟のお米は出来が悪く、 泥と石にまみれた田んぼで
非常な苦労の末、収穫されたにも関わらず
「鳥またぎ米」(鳥さえも食べずに跨いで通る)と呼ばれ、
マズイ米の代名詞として蔑まれていたそうです。
新潟の農業関係者にとって、この湿地の干拓と川の治水、
新潟の気候に合わせた新品種の開発が、長年の大きなテーマとも呼べるものでした。
〜新潟米がおいしい理由〜